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訪日ムスリム観光客を受け入るための3段階

日本はポスト・コロナの観光先進国を目指し、2030年に訪日外国人6,000万人という目標を掲げています。  その中でも、現在の訪日観光客数トップの中国・韓国に加えて注目すべきがムスリム(モスリム)観光客です。アメリカの調査機関Pew Research Centerは、2015年から2060年の間にイスラム教徒の人口は70%増となると分析しており、今世紀末にはキリスト教徒を超える世界最大の信者数となることを予測しています。


世界的なムスリム市場の拡大に加え、日本においても東南アジアの訪日ビザ要件緩和やLCCの就航によって、イスラム圏からの観光客数は急増しています。一方で、戒律により日常生活のルールが定められているムスリムが旅行先で快適に過ごすための環境整備が今後の大きな課題となっています。


観光庁が発行している訪日ムスリム旅行者向けの資料を基本として解説します。

ムスリムとは?

世界三大宗教の一つ、イスラム教の教徒をアラビア語で「ムスリム」(女性の場合は「ムスリマ」)と呼びます。現在の信者数はキリスト教に次ぐ世界第二位で、全世界の四分の一がイスラム教徒と言われています。


イスラム教の誕生は7世紀のこと。唯一絶対神アッラーの啓示を受けた預言者ムハンマドが創始し、現在サウジアラビアのメッカを聖地としました。ムハンマドの死後、「カリフ」と呼ばれるイスラム国家の指導者が教義を継承し、西アジアからアフリカ、中央アジア、東南アジアと、世界へ広がっていくこととなります。

基本となる「六信五行」

イスラム教徒の行動規範は、ムハンマドが受けた啓示を集録した「クルアーン(コーラン)」と、ムハンマド自身の言行をまとめた「ハディース」に定められています。最も重要な規範が「六信五行」(六つの信条と五つの義務)です。

六信……信じるべきこと六つ

 1.神(唯一絶対神アッラー)

 2.天使(神と人とをつなぐ使者)

 3.啓典(クルアーン)

 4.預言者(神の言葉を預かり伝える者)

 5.来世(死後の世界)

 6.天命(アッラーによって定められた運命)

五行……行うべき五つのこと

 1.信仰告白(声に出して信仰を宣言すること)

 2.礼拝(1日5回礼拝すること)

 3.喜捨(貧しい者に分け与えること)

 4.断食(ラマダン月の日中は飲食を断つこと)

 5.巡礼(一生に一度、聖地メッカに巡礼すること)

ハラールとハラーム

「クルアーン」「ハディース」に加えてムスリムの行動規範となるものが「イスラム法」です。

イスラム法で許可されるものを「ハラール」、禁じられている物を「ハラーム」と呼びます。

ムスリムが食べることのできないもの

食材や調理法がハラームに該当する場合、ムスリムは食べることができません。

豚肉

豚肉は「クルアーン」で、食してはならないものとして記されています。

豚肉そのものだけではなく、ハムやソーセージなどの加工品や、豚由来のラード、スープ、乳化剤、コラーゲンなども対象です。また、豚肉の調理に使用した器具や食器も避けるべきとされているので注意が必要です。

アルコール

酩酊作用があるため飲酒が禁じられています。みりんや醤油(しょうゆ)などの調味料に含まれるアルコール、お菓子に使用されるラム酒なども避けるべきと考えるムスリムもいます。

動物性の食材

豚肉以外の動物に関しても、イスラム法に定められた方法で屠畜されていない場合は食べることができません。

礼拝の日課

ムスリムには、イスラムの「五行」で定められている礼拝を日課として行います。

1日5回、決められた時間に行う

礼拝のタイミングは1日5回。毎日、以下の時間に行います。

・夜明け前

・昼

・午後

・日没時

・夜


正確な時間は滞在場所の日の出と日の入りの時間によって異なります。1回の礼拝にかかる時間は人によって異なりますが、多くは5~10分程度です。

ウドゥ(お清め)

礼拝前に、手・口・鼻・顔・腕・神・足を流水で清めます。

場所

礼拝は清潔な場所で行います。地に額をつけるため、マットなどを使用することが多いようです。集団で行うことが推奨されていますが、場所は男女別々にする必要があります。

方角

キブラ(メッカ)の方角を向いて礼拝しなければなりません。イスラム圏の宿泊施設では、慣れない旅先でも正確に方向を知ることができるよう、キブラを示す矢印マークが付いていることがあります。

訪日ムスリムの傾向

JNTOの統計から、東南アジアでムスリムの多いインドネシア・マレーシアからの訪日観光客が増加していることが分かります。

インドネシア

現在、最も多くのムスリムが住む国はインドネシアで、全人口2億6000万人のうち88%の2億3000万人がイスラム教徒です。


インドネシアは2013年に数次ビザの滞在期間が30日に延長され、さらに2014年にはIC(集積回路)旅券の事前登録によりビザの15日間免除が適用されました。2012年には年間10万人だった訪日観光客は、2019年には41万人と約4倍に増加しています。

公用語はインドネシア語。他に、各地域の民族言語があります。

マレーシア

マレーシアは2012年に数次ビザの滞在期間が90日に延長され、2013年にはIC旅券で90日のビザ免除が運用開始されました。


それに加えて、マレーシアの格安航空大手であるエアアジアが羽田便(2010年)、関空便(2011年)、成田便(2014年)と次々に就航開始。訪日旅行者数は2009年の9万人から、10年後の2019年には50万人に達しました。


公用語はマレー語ですが、準公用語として英語も広く使用されています。

ムスリム旅行者の不満とニーズ

ムスリム旅行者も他の訪日外国人旅行者と同じく、旅先での食や文化を楽しみたいと思っています。ですが、イスラム教の行動規範を守るため、気にしなければならないことがいくつかあります。

食事のメニュー選び

ムスリム観光客も日本食を食べたいと思っている方が多いですが、ハラームに指定された豚肉やアルコールを避けられるかどうかに不安があります。

・メニューが日本語のみで読むことができない

・料理の名前から材料が推測できない

・原材料が書いていない

このような理由から、食べられるものなのかどうかの判断ができないと感じるムスリムが多いようです。

ハラールフードに対応する飲食店が少ない

イスラムの教えで食べることが許されている食品を「ハラールフード」と呼びます。ハラールフードを提供する店であれば一般の飲食店のメニューを選ぶよりも安心ですが、対応している店が少ないのが現状です。

礼拝をする場所がない

礼拝のためには静かで清潔な場所が必要です。日本でも、空港や大きな駅では徐々に礼拝スペースの整備が進んできているようです。一方、観光施設や商業施設で礼拝スペースを備えているところはまだ少数で、ムスリムから申し出があってもなかなか対応が難しいといった状況があります。

ムスリム向けの情報が不足している

ハラール対応の飲食店や礼拝場所は多くはありませんが、少しずつ整備が進んできています。しかし、ムスリム向けの観光情報が少なく見つけることが困難なようです。ムスリム向けのガイドブックやアプリ、情報サイトなど、訪日ムスリムが必要な情報にアクセスできる仕組みの整備が必要になっています。


ムスリム観光に関する支援会社 Crescentrating pte. ltdⅴによると、事業者がサービスを提供するための優先順位として以下をあげています。

これだけは対応したい第1段階(NEED TO)

ムスリム旅行者にとって、旅先で最も不安の大きい点が「食事」と「礼拝」です。この2点は、ムスリム観光客を受け入れる上で最優先の課題になります。

ハラール食対応・メニュー表示

ムスリム観光客も日本食を食べることを楽しみに来日している方が多いですが、飲食店がハラール対応しているかどうか分からない・食べられるものかどうかが分からないといった不安から、飲食店を利用しづらい場面があります。


食事が完全にハラール対応していることを示す「ハラール認証」という制度がありますが、一般の飲食店にはハードルが高いものです。


メニューに原材料の表記を加えたり、ノンポーク・ノンアルコールのアイコン表示を行ったりといった工夫を行い、ムスリムに自分で判断してもらえるような環境を整えるだけでも格段にレストランを利用しやすくなります。調理器具や食器をムスリム専用にできれば尚良しです。お店で対応できる内容をしっかり伝えた上で、ムスリムの判断に委ねましょう。

礼拝スペース・時間の確保

多くのムスリムが訪れる大型施設では、常設の専用礼拝スペースのニーズがあります。しかし、多くの施設では常設のスペースの確保は困難でしょう。その場合は空いているスペースを一時的に提供する方法でも十分です。


専用の礼拝スペースにはキブラ(メッカの方向)の表示があるのが望ましいですが、キブラの方向を示す「キブラコンパス」といった道具の貸し出しでも対応できます。また、最近では携帯電話のアプリも開発されています。


日中も礼拝がありますので、ムスリムの多いツアーでは礼拝の時間を取ったり、休憩時間に礼拝できるよう配慮をしたりといった工夫も喜ばれるでしょう。1日5回の礼拝を、旅行中は回数を減らしているムスリムもいます。

可能であれば対応したい第2段階(GOOD TO)

ムスリムの文化を理解した上でのちょっとした心遣いは一層喜ばれます。余裕があれば礼拝の方法などにも目を向けてみると、ワンランク上のサービスのヒントになるはずです。

ウドゥ用の設備

ムスリムは礼拝前にウドゥ(礼拝前のお清め)を行います。礼拝スペースの近くには手足や顔を洗うことのできる水場があるのが望ましいです。口の中をゆすいだり鼻を洗ったりするため飲用可能な水道と、足を洗うことができる洗い場、手足を拭くためのペーパータオル、床をぬらさないためのマットなどがあればより気持ちよく礼拝を行うことができるでしょう。

ラマダン対応

ムスリムはラマダン(断食)の月は夜明けから日の入りまで断食をします。旅行中は断食をしないムスリムもいますが、日中の飲食ができないムスリムのために、夜明け前に朝食が取れるルームサービスなどがあると喜ばれます。

理想的な対応の第3段階(NICE TO)

旅行先でストレスなく過ごしてもらうためには、「望ましくない(ノンハラール)環境を避ける」ことが必要です。施設によって対応可能な範囲が異なるかと思いますので、出来る範囲で行うだけでも気持ちが伝わります。

ノンハラール環境の回避

・アルコール提供のある飲食店では、飲酒している客と一緒にならないよう個室に案内したり、離れたテーブルに案内してあげるのが良いでしょう。

・イスラム教の教えでは、左手は不浄の手とされています。物の受け渡しなどは右手で行いましょう。

・家族や親戚以外の異性との接触を避けるよう定められています。握手などは向こうから求められたとき以外は控えましょう。女性のムスリム観光客の接客はなるべく女性スタッフが行うのが望ましいです。

・ムスリムは人前で素肌をさらすことに抵抗があり、大浴場を避けるムスリムも多いです。温泉施設では、貸切風呂や温泉付の客室であれば気兼ねなく楽しむことができるでしょう。

イスラム教の解釈は人によってさまざま

日常生活において細かい決まりごとの多いイスラム教ですが、宗派や国、地域によって解釈が全く異なります。規範を厳密に守って生活しているムスリムもいれば、意外とゆるいムスリムもいることに驚くかもしれません。「ムスリム」とひとくくりにせず、一人ひとりと向き合い相手の気持ちをくみ取ることが最善のおもてなしにつながります。

まとめ

日本のムスリム人口は20万人と言われており、ムスリム向けの設備やサービスは現状、多くはありません。ですが近年のムスリム観光客の増加を受け、ムスリム向けの環境整備が進みつつあります。設備の拡充だけではなく、文化を理解した上での適切なサービスを行うことがリピーターへとつながります。


イスラム教の背景や文化を知ることが最高のおもてなしのヒントとなることでしょう。

参考文献:

観光庁”訪日ムスリム旅行者のためのアクション・プラン”.観光庁.2018-5-22.

https://www.mlit.go.jp/common/001235639.pdf,(参照2021-11-6)


観光庁”ムスリムおもてなしガイドブック基礎知識編”.観光庁.2018-5-22.

https://www.mlit.go.jp/common/001235102.pdf ,(参照2021-11-6)


観光庁”ムスリムおもてなしガイドブック実践編”.観光庁.2018-5-22.

https://www.mlit.go.jp/common/001235264.pdf, (参照2021-11-6)


東京都産業労働局観光部受入環境課”ムスリム旅行者おもてなしハンドブック”. 東京都産業労働局.2021-1.

https://www.mlit.go.jp/common/001235264.pdf ,(参照2021-11-6)

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